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会長 Diary

教育への思いを徒然につづった日記帳

生きる力、 何が大切だろうか

9月15日の日曜日。今朝は久しぶりの快晴だ。(洗濯日和!)

 

先日の台風で、千葉県を中心として大変な被害が出ている。

停電と断水が続き、家屋倒壊、農作物の被害等々、甚大だ。

いつ元の生活に戻れるのかわからないまま、毎日を過ごされている大変さに心が痛む。

わが国は災害に強いとは思えない。(原発事故以来、そう思っている)

そして地球規模の温暖化対策。もう待った無しだろう。

地球温暖化や核兵器禁止など、地球レベルの課題について世界の国が集まると、意見がまとまらない。進まない。(自国ファースト!)

私は思うのだが、小学校高学年の子どもたちがこの問題について、話を聞き、みんなで話し合えばまとまるのではなかろうか。

温暖化対策も核兵器禁止も、すぐ取り組むべき問題だと。

 

今、小学校から高校まで、国語教科書から文学作品(小説など)が減っていることをご存じだろうか。

私は小学生のころ、新しい国語教科書をもらうと、すぐ物語を読んだ。

そして本を読む習慣がつき、国語教師の資格を取り、現在までの仕事につながっている。

自慢でもなんでもないが、文章でも会話でも、思ったことを言葉にすることに苦痛を感じたことは少ない。

このブログも、何を書くか考えないまま、作業をスタートさせている。

文字を打ち出すと、昨日のニュース、調べた資料、誰かと話したことなどが浮かんでくる。たぶん子どものころの読書習慣のおかげかなと。

 

今、話し合いがしにくい社会になっているような気がする。

自己主張のための、お互いの主張の繰り返しのようだ。

話し合いの目的は、そうではない。双方が相手の意見を尊重し、よく考え、可能な一致点を見つけ出すことではないか。理解しあって。

 

生きる力。

それは言葉の力だと思う。

みんなでしっかり話し合い、一致点を見つけ、実行していくための言葉。

 

論理的な思考や、話の組み立ては大切。もちろん。

でも、言葉や表情の中に含まれる感情(喜びや寂しさや熱さなど)をくみ取れるような、自分の中の「言葉の力」が、これからの「生きる力」なのではなかろうか。

だって、私たちは言葉を使ってしか考えられない動物なのだから。

 

ここまで書いているうちに、青空に雲が広がってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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