教育への思いを徒然につづった日記帳
昨日1月27日(土)は、山形の新年度会議へ。
会議場に向かうタクシーの運転手のおじさんの、
「雪も多いけど、・・・何しろ寒いナ・・・。」というのが実感がこもっていた。
寒かった。 3度とか4度とかで、寒いと言ってはいけないのだと、反省した。
東北の被災地の仮設住宅の生活を考えたら、なおさらだ。
会議のほうは、いつもながら皆さん熱心で、集中して私の話を聴いてもらった。
帰路、まだ明るかったので、窓から雪景色を見ながら帰った。
話は変わるが、夜TVのニュースで、国会の討論を見ていてのことだ。
総理への質問で「総理は・・・を『ぎゃくて』にとって・・?」というのを聞いた。
総理の返事も「私は『ぎゃくて』にとっては、おりません・・」と。
私は、「ぎゃくてじゃなかろう、『さかて』だろう」と思ったのだ。
レベル低いな、とも思った。
でも、広辞苑を調べると、「ぎゃくて」で立派に出ていた。
いやむしろ「ぎゃくて」がメインのようだった。
そうなのかあ、今は「ぎゃくて」がメインかあ、と。
そのことで、私は自分の編集者時代が、遠くなったことを感じたのだった。
いや、お粗末でした。
1月21日(土)、第4回フォーラムは、仙台で開催された。
会場定員の200人を、大きく超える方々に集まっていただいた。
絵本作家、いわむらかずお先生の人気、やはりさすがだ。
第一部は、いわむら先生の講演。
「わたしの原風景と『14ひきのシリーズ』」という演題で話を聴いたが、戦争時代の疎開体験、そして雑木林の話・・・原風景とは、誰の心にもあり、それは消えない・・・。
先生のフアンとお見受けする方々が、遠方からも来られていたようだ。
(年季が入った方々も多かった。勿論お若い方々が、うんと多かった)
そして第二部、藤田のぼる先生(児童文学評論家)のコーディネートで、
仙台在住の詩人、北原悠子氏、岩手花巻宮沢賢治記念館の牛崎敏哉氏の話や詩の朗読など。
北原氏は東松島のご出身で、ふるさとの1割の人が、津波で亡くなられた。
友人、知人も・・・。
「風と空と」というタイトルの詩集の復刻版を出されるそうだ。
今回の体験が、彼女を揺り動かしている・・。
牛崎氏は、今回の震災で、宮沢賢治の「雨にも負けず、風にも負けず・・」の一節が、当方の意思とは必ずしも一致しないまま、使われたと話されていた。
辛いときは、とにかくがまんを・・・と。
3.11以降、それは被災地のみならず、人々の心に様々な変化を起こした。
先生方の、話を聴いていて、あらためてそのことを強く感じた次第だ。
いわむら先生は、講演会のあとサイン会になったが、あっという間に長い列が・・。1時間でも終わらなかった。(もう一度、さすが!)
こういうわけで、今回のフォーラム、藤田先生のアイディアで大成功だった。
仙台を会場で・・何といっても大正解。
(宮城県協会の皆様、お疲れ様でした! ありがとうございました!)
命の大切さ、人と人とのつながり、ことばの力を手がかりに生きること。
まだ何の「収束」もしていない、「3.11」。
本当に、「これから」である。
今は、1月19日のお昼12時過ぎ。
たった今、統合物流センターのパートナー会議が終わったところだ。
(パートの方を、そう呼んでいる)
今年第1回目の、そして実質社内で最盛期のスタートとなる会議だった。
私は、このパートナー会議が大好きだ。
私の最も信頼する、日本標準を本物の力で支えてくれている人たち。
私は、今日も「日本標準の宝です」と話した。
国の混乱や、学校の様子、そして、震災後の私たちの生活についての考え、日本標準の存在理由など、短い時間の中で話した。
子どもさんを抱えるお母さん、中にはお孫さんいる人もいるだろう。
そして、若者もいる。
私の話に興味を持ってもらえれば、そして今までよりももっと日本標準を好きになってもらえたら、と思っている。
さて、日本標準の「24年度」は、先週の東京都会議からスタートした。
小学校では、新学習指導要領2年目。
私は「さまよう新学習指導要領」と話している。
24年度、これからだろう。本当の取り組みは。
まさに、私たちの仕事の真価が問われるところだ。
真価と言うと・・・、
出版社だけでは、それは発揮できない。
学校に対して何ができるか、それを販売代理店さんといっしょに考えて、プレゼンすることだ。
それは内容の優れた教材を説明して、選んでもらうこともあるだろう。
出版社からの情報を伝え、先生に役立ててもらうこともあるだろう。
学校の課題を聞いて、何らかの提案をすることもあるだろう。
みんな大事。みんなやらなくちゃあいけない。
そんな中で、もう一つの視点がある。
それは、先生の「超多忙日常」に少しでも手助けをするということ。
難しい。たいへん難しい。(約100%の先生が多忙と言っている)
でも、我々の仕事との関係で、やるべきこともある。
(最低限のこととして)
われわれのために忙しくなる・・・というのはまずい。
新学期スタートの教材採択でのことだ。
同一種類の教材で、何種類も見本を出すことは、先生にけっこうな苦労をかけてしまう。
ちょっとした努力で、できることからやっていかなくては、と思っている。
これから外に出て、会議をするときは、そんな話もしていきたい。
皆さんも、ぜひ、考えていただきたいところだ。
今日12日は、24年度入社予定者を集めての会議をした。
4名、みんな張り切っていたなあ。
入社5年〜8年程度の先輩4名が参加して「先輩からの助言」を。
これが、結構内定者に受けた。
会議の終わりに、
「最後に何か聞きたいこと無い?・・例えば会社の弱点とか。」
と私が聞いたら、即座に「それ、教えてください。」と。
先輩が何を言うかと、とこちらも興味を持って聞いていた。
まあ、私たちがいる前だから、ホントの本音は出しにくいだろうが・・。
「営業に配属が決まったとたん、億単位の売り上げ責任を言われ焦った」
「会社と自宅が近すぎるので、休みの日は、会社の前の道を避ける」
「本社と統合センターが離れているので、担当レベルの交流をもっとしたい」
・・・と、ある意味リアルで、私も勉強になった。
さあ、今週から24年度新年度会議がスタートする。
東京からだ。
そのため、今私の頭は、ほとんどそちらに集中している。
会社の方針、情勢分析、これからの教育。
そして業界の展望、販売店さんとの関係のあり方・・・。
昨年スタートの新学習指導要領の目玉は「思考力・判断力・表現力」。
そして、まとめて「活用力」ということなのだろうか。
これが学校現場は、なかなか苦戦中だ。・・・・(わかる!)
「要領は悪いがコツコツとがんばる子と、要領よくサッサとやってしまう子と、どっちがいい子ですか?と意地悪な質問をすると、多くの人はコツコツ型と思ってしまう。」
これは、立命館の隂山先生の言葉。 ・・・うーん、意味が深い。
確かに、少なくとも企業の入社試験では、サッサ型が求められる。
なのに、コツコツ型と答えようとする、この私たちの習慣!!
そして私は、今このサッサ型というのが、新学習指導要領の「活用力」につながるのではないか、と考え出したのだ。
会社の中の仕事を考えると、もう明らか。・・そう、サッサ型が必要。
皆さんは、どうお考えだろうか?
今日この時点で、まだそんなことを、いろいろ考え続けている・・・。
あっという間の冬休み。
・・・・・そして、もう今日は仕事始め。
皆さん、明けましておめでとうございます。
今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
私の年末年始は、何の行事も予定も無く、淡々と過ぎました。
1年前と比べれば、それはそれで、幸せなことだと思いつつ・・。
ということで・・
休み中、これからの新年度会議の方針や、会社の方針などを考えていた。
でも、まず頭に浮かぶのが、日本という国は、お先真っ暗で、先が何も見えないということ。ちょっとひどすぎる。
「社会保障と税の一体改革」という言葉だけは繰り返されるけど、要するに、消費税を上げようとしていることぐらいしか、われわれ一般人には見えない。
しかも、そのことで与党の党内も、野党とも、意見がごちゃごちゃで、全く話が先に進まない。
消費税を上げたいと、ほとんどの国を動かす人は思っている。
しかし、自分がその先頭には立ちたくない。(だって選挙が怖いから)
選挙のときは「消費税は上げません!」と公約していたから。
消費税を上げると、税収が何兆円増えるという計算もあったが、実は国民の購買力も落ちるし、中小企業や零細企業は、消費税アップ分を価格に転嫁しにくいから、苦しくなる。
そんな計算は全く発表しない。まさに素人計算。
今年、これから露骨に見えてくると思う。
震災と放射能汚染に対する、国の支援や対策にハートの無さを。
国を良くするには、経済力を国際的に高めなければならない・・このトラウマというのか宗教的信念から、逃げられない人たち・・。
そのためには、原発は不可欠なんだ、という本音・・。
毎日の生活のあり方、幸せの中身、ふるさとを思う気持ち・・・
そんなものが、国中の人々の心に芽生えているときに、国の政治は見事に空回りしている。
国の再生は教育から・・これは世界の歴史が証明している。
当然、私たちの仕事は、まさに今、その責任が大きくなっている。
共にがんばりましょう!!