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ちょい読み!教師のチカラ Vol.1

教師のチカラNo.37(2019年春号)巻頭インタビュー

この記事を読むのに、約3分程かかります。

「漢字博士」と呼ばれて

 小学校5年生のときの教室で、友人同士が「タコという漢字を知っているか」という話を始め、秀才の佐藤君が「魚偏につくりが『肖』。漢和辞典にあったよ」と言いました。そのとき、私は父が買った田河水泡の『蛸の八ちゃん』(講談社)という漫画を読んでいたので、「タコは魚偏じゃなくて虫偏では」と思いながら、漢和辞典という未知の存在に強く興味を引かれました。帰宅してさっそく兄の部屋で漢和辞典を開く。これが私と漢字の新たな出会いとなりました。それからは時間があれば漢和辞典を見るようになりました。辞典で「亜米利加」(アメリカ) 「仏蘭西」 (フランス) 「独逸」(ドイツ) などの「当て字」を拾い集めて、ノートに書き写し、五十音順に並べ替えて、「当て字辞典」を自作。勉強はそっちのけで夢中になって漢字を覚え、「漢字博士」と呼ばれて得意になっていました。

学校に「靏田(つるた)さん」という名前の人がいたのですが、29画の「靏」が世界最大の漢和辞典『大漢和辞典』にも載っていないことに気づきました。また、その頃、「秋桜」 (コスモス) という歌謡曲がヒットしましたが、どの辞典にも「秋桜」という当て字は載っていませんでした。辞典は完璧なものではなく、世のなかで作られ、使われている漢字と一致していないことに気づきました。

 漢字テストで「機」の最後の点が右側に離れていて不正解に。しかし、中学生になって購入した『書道字典』には、点の離れた「機」の文字が載っていました。漢字を覚えるのが楽しいだけの「漢字博士」ならば、「歩く辞書」で満足していたはずですが、「なぜバツなのか」「そもそも正しい漢字とは何なのか」「辞典に載っていないものを含め、漢字はいくつあるのか」など、疑問は膨らむ一方でした。

 漢字についてもっと深く知りたいと受験勉強を始め、早稲田大学へ入学。世界の漢字を知り尽くすつもりで第一文学部で中国文学を専攻、約1000年前の中国南部で使われていた漢字を図書館にこもって調べ、追究すればするほど日本と中国の違いに目が向くようになりました。

 教授の勧めで教職免許を取得するために「国語学」、今の「日本語学」を受講し、中国語より日本語のおもしろさを実感しました。

 これが岐路となり、大学院では文学研究科で日本文学を専攻。漢字は中国だけでなく、韓国、北朝鮮、ベトナムなどでも使用されましたが、日本のように一つの漢字に対してたくさんの読み方を与えた国はありません。また、国内の地名には独自の読み方で、見たこともない方言漢字が使われているものもあります。医者だけが使う専門の文字や、若者、女子などグループ間だけで使われる独自の文字や記号もあり、先行研究も少なかったので、さまざまな調査方法で研究を始めました。

漢字の字源から 言葉を生み出す人間の心へ

 27 歳で大学院を出て、複数の大学で講師として勤務するように。この頃は誰も使わなくなった文字より、人々が楽しんで自分の気持ちを表現する文字や社会生活のなかで作られ、変わっていく文字に関心が向かいました。たとえば、タレントの小泉今日子が「KYON2」と名乗って以降、「BYE2」(バイバイ)というような表記が女子を中心に広がりました。こうした表記や顔文字、丸文字などについても、女子大生から報告してもらうなど、さまざまなアプローチを試みました。

 漢字の字源への興味から、日本人がどんな気持ちで言葉を作り出し、その言葉を使うときどんな心情を抱いているのか、人の心の奥底へと関心が移りました。日本人は「くま」という表記を、森で出会った動物は「熊」、剥製は「クマ」、ぬいぐるみは「くま」と書き分けています。私はこれを耳で聞く「語感」に対し、視覚で感じる「表記感」と名づけています。一つの言葉を複数の文字で書くのは、世界中で日本だけです。日本人は歴史のなかで日本語の多様性を増幅していきました。「すし」は「寿司」とも「鮨」とも表記できますが、早稲田大生たちにどれが高級そうか1人前の値段を聞いてみると、平均で「すし」は約700円、「寿司」は約1500円、「鮨」は約3000円と答えが出ました。中国人に日本語の多様性は教育に時間がかかるし、経済的ではないと言われたことがありますが、日本語は別の意味で経済と緊密な結びつきがあり、これを応用すれば、日本経済はより向上するはずです。

 1996年からは国立国語研究所で、街中や新聞、雑誌、携帯電話などでどのような漢字が使われているか実態調査を行い、漢字と人々の生活との関係を計量的側面から捉えようとしました。街で使われている看板や貼り紙など20万字を撮影収集し、データ分析すると、「日」の文字が最も多く使われていることがわかりました。漢字が誕生した3000年前の真実は誰にもわからず、残っている事象から推察するしかありません。しかし、歴史のなかで変わり続ける漢字を研究するには、このようにあらゆる媒体を調査したり、アンケートやインタビュー、フィールドワークを実施するなど、柔軟な姿勢で何にでも取り組むことが必要です。

 漢字は今も変化し続けており、すべてを解明できるはずがないと見極めています。多面体の特性をもつ漢字に対して、その正体をどこまで究明することができるか、今も日々試されていると言えます。

文字は人を幸せにするもの、束縛するものではない

 日本人は漢字を含む文字を使わなければ生活しづらいですから、私たち指導する立場にある者は文字を使いやすい方向に導くことが大切です。漢字テストで、 「木」の2画目をはねるかはねないか、「女」の2画目を3画目の上に出すか出さないかで正誤がつき、採点する先生によって判断が異なるような事態が起きています。まじめな気質の先生たちは、自分が教わった通りに指導し、手書き文字でも印刷された通りでなければ間違いとするケースもあります。漢字の骨組みに関係のないデザイン上の違いはこだわる必要がありません。どこまでが骨組みなのか判断に迷う場合は、文化庁文化審議会の「字体・字形に関する指針」をダウンロードしてご参照ください。副主査として関わったこの指針のなかに90%以上は答えがあり、記載されていない個別事例はこの考え方に即してご判断ください。教育の基本は文字であり、情報のやり取りも文字で多く行われます。先生たちが文字の本質を知ることが先決です。また、手書き文字の正誤は美醜や巧拙とは異なります。雑な文字を書く子どもたちには、「人に読んでもらうときにはていねいに書く。そういう配慮ができることが大切だよ」と話してはいかがでしょうか。

 学習指導要領に従って子どもたちの思考力・多様性を重視するならば、手書きの機会が増えてくるはずです。論述がしっかりしているのに、とめはねで減点するような採点ではやる気をなくしてしまうでしょう。

 文字は言葉を表すことに本質があります。文字は人を束縛するものではなく、幸せにするために存在しています。画数は辞書によって異なり、国の国語政策では決められていません。筆順についても国が決めているものはありませんし、正誤をつけないというのが文化庁の考え方です。ただし、歴史的・伝統的な筆順はある程度存在し、それに従うと運筆がスムーズで、形がよくなる傾向はあります。

漢字のおもしろさを伝える

 子どもたちが漢字テストで間違えたら、一律に10 回書かせてはんこを押すという指導はやめたほうがよいでしょう。子どもたちは偏だけ先に書くなど、途中から作業になっていきます。練習回数は集中して覚えたと本人が納得した回数プラス1回程度、個人によって変えるべきです。「己」と「已」と「巳」のように3画目が2画目より上に出るか出ないかで別の文字になる場合を押さえ、それ以外はリラックスして書いていいというように、メリハリをつけて教えましょう。

 私が独自に開発した漢字リレーゲームを2つ紹介します。毎回違った結果になり、子どもたちは大喜びしながら学んでくれます。1つめは「読み書きリレー」です。20文字程度の難しめの字を含む漢字仮名交じり文を横1行に書いたものを準備、人数は10 〜20人程度で行います。1人目は2行目に1行目の読みを平仮名で書きます。1行目を後ろに折り、自分が書いた2行目だけが見えるようにして2人目に渡します。2人目は2行目の平仮名文を見て3行目に漢字仮名交じり文を書き、2行目までを後ろに折り、3人目に渡します。同様に平仮名文、漢字仮名交じり文と交互に繰り返します。最後に折ってある紙を開いた状態でプリントし、配付すると、子どもたちは文がどんどん変わり、間違って伝わるおもしろさを体験、音読み訓読みが多数ある日本の漢字の特質にも気づきます。

 2つめは「象形文字リレー」です。子どもたちに番号がついた付箋を配付、人数は一つめと同様。1番の人だけに1つの象形文字を書いた付箋を一定時間見せて記憶させます。1番の人は自分の付箋の表面に自分が覚えたもの、裏面に名前を書き、2番の人に自分の付箋を見せ、2番の人が覚えたら隠します。これを繰り返して付箋を回収し、最初の象形文字と番号順の付箋の表面を並べてプリントし、配付します。裏面の名前は見えない状態なので、誰が書いたかは問題になりません。書かれた文字の形はどんどん変わり、象形文字が楷書に変わることもあります。1000年間かかった漢字の変遷が15分程度で再現されたことになります。子どもたちに「こうやって人間が漢字を作り、変えてきました。君たちもその一人です」と話すと、漢字が身近なものになるのです。

 漢字の楽しさを実感させる方法はほかにもいろいろあります。魚偏の漢字はテストにはあまり出ませんが、興味をもたせるきっかけづくりにはなるでしょう。宿題では街なかの誤字や当て字を集めるのも効果的です。

 「男」と「女」をくっつけた「嬲(なぶ)る」「嫐(なぶ)る」は「いじめる」という意味です。何と読むと思うか聞いてみると、「嬲」を「ブルゾンちえみ」、「嫐」を「キャバクラ」と読んだ人がいました。フランスでは「嬲る」を「まもる」と読んだパリジェンヌがいましたし、スペインのマドリードでは日本語を学んでいる男子学生がにこにこしながら「嬲」を「しあわせ」と読みました。こうした発想は日本人からはなかなか出てこないのです。一つの漢字に対して、時代や社会・文化などによって違った発想が生まれ、「当て読み」して漢字の訓読みが増えていく可能性を感じます。

 より実用的な方法として、構造から体系づける方法があります。「裏」は「衣」の2画目までと3画目以降を上下に分けた間に「里」を、「褒」は「保」を挟んでいます。こう教えれば、「里」や「保」の下にもう一度なべぶたを書く間違いはなくなります。さらに、「衣」が偏になった「衣偏」は2つの点が付き、点が1つの「示す偏」(続けて書くと「ネ」)は神様関係で使われる漢字です。「裸」の偏を「示す偏」と間違えた子には「裸は示すものではなくて、衣を着るべき状態ではないかな」と導きます。

 間違いやすい漢字は、成り立ちまで戻るのも一つの方法です。「恵」「専」「博」「簿」「薄」などの漢字は東大生もよく書き誤っていました。点が付く漢字は「ほ」と読む「甫」が変形したものなので、「音読み『は(ば)行』は点が付く」と覚えることができます。これで「愛親覚羅溥儀」(あいしんかくらふぎ)の「溥」が出てきても、点が付くとわかります。

 「猫」の文字を顔や尻尾の形がもとになっていると思っている人もいるようですが、「けもの偏」は「犬」の変形、つくりの「苗」は「びょう」「みょう」と読んで鳴き声を表し、「猫」は「犬のような小さな生き物で『みょう』と鳴くもの」を示しています。

 「『人』という漢字は2人の人が支え合っている」は、テレビドラマの影響で広まった新渡戸稲造(にとべいなぞう)による創作であり、3000年までさかのぼると、「人」は1人の人が手を伸ばして立っている「一人立ち」の姿です。

 先生方はお忙しいと思いますが、漢字についてきちんと書かれた本などから、子どもたちが漢字を学ぶために役立ちそうな部分を抜き出して授業に取り入れてみるのはいかがでしょうか。


表紙
子どもを「育てる」
教師のチカラ

子どもを「育てる」教師のチカラNo.37(2019年春号)

特集① 子どもが夢中になる漢字完全習得指導法
特集② 宿題、どうする?

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