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丸山千枚田条例
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丸山千枚田は,国の減反政策(げんたんせいさく)や労働条件(ろうどうじょうけん)の低さや高齢化(こうれいか)による担い手不足(にないてぶそく)により,一時は550枚まで減りました。400年前の4分の1の枚数です。 そこで,紀和町では「丸山千枚田条例」を制定(せいてい)し,長い歴史があり,山間地(さんかんち)の土地保全(とちほぜん)に大きな役割(やくわり)を果たしてきた丸山千枚田を,これからも受け継ぎ活用して行くことを決めました。条例の中では,千枚田の歴史的意義(れきしてきいぎ)と千枚田を保護(ほご)し将来(しょうらい)に伝えて行くことがうたわれています。 条例制定以後,丸山千枚田保存会(まるやませんまいだほぞんかい)と紀和町は力を合わせて,千枚田で「田植え祭り」や「案山子(かかし)コンテスト」を催し(もよおし)たり,都会の人たちから千枚田のオーナーを募集(ぼしゅう)したりすることにより,千枚田を1340枚まで復田(ふくでん)することに成功しました。 |
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