1999年6月20日「記者会見」

 6月18日,縄文時代の川辺から発見された大型の木材が,クレーンで引き上げられました。木材の裏側(うらがわ)がどのようになっているかを調べるためです。引き上げ方法は,遺跡の中に水を入れて木材を浮かせてから,クレーンで引き上げました。
 調査結果についての記者会見が,6月20日,遺跡調査室(いせきちょうさしつ)が置かれているプレハブの中で行われました。記者会見には,新聞社,テレビ局などのマスコミの人たちが集まり,発表に熱心に耳を傾けました。
 調査団長の戸沢先生(とざわせんせい)(明治大学学長)から,引き上げた大型木材は,製作途中(とちゅう)の丸木舟(まるきぶね)だったと可能性が高いとの発表がありました。縄文時代,多摩地区に丸木舟を作っていた施設があったという発表に驚き(おどろき)の声が上がりました。
 丸木舟と考えられるのは,木材の両はしが細く加工されていることと,木材の裏側(うらがわ)が流線形(りゅうせんけい)の線できれいに加工されているからです。また,この木材は数十cmの厚さの砂の層から発見されていることから,突然の鉄砲水(てっぽうみず)で埋まってしまったのではないかと想像されます。丸木舟を作る下宅部の縄文人と縄文時代の自然災害(しぜんさいがい)の大きさを想像すると,人間や自然のたくましさを感じます。
 製作途中の丸木舟は,大きさからして,人が乗るためよりも荷物(にもつ)を運ぶための船だったと考えられます。縄文時代,沼が多かったと想像される下宅部では,人間が移動したり荷物を運ぶために丸木舟が大活躍していたと考えられます。