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会長 Diary

教育への思いを徒然につづった日記帳

「同調圧力」について

9月6日の日曜日、今は小雨。

こちらは、昨晩はカミナリ⚡がすごかった。

とにかく台風10号が心配だ。

 

「同調圧力」(鴻上尚史、佐藤直紀 講談社新書)を読んだ。本当にいろいろ考えることが多かった。

「周囲を気にして言動を控えること」らしい。

日本では昔から、この傾向が顕著ではなかろうかと、二人は言っている。

そしてこの昨今、強まっていないかと。私もうなずくことばかりだ。

 

ウイルス禍で、世界では自粛が「強制」されたが、日本では「要請」だった。みんな必死で守ろうと努力した(今も)。

そのうち、自粛に応じないのはけしからんと、「自粛警察」という言葉も生まれた。

店の窓や他県の車に、「よく確かめもしないで」張り紙などして誹謗した。

 

世界が感心していたのは、「誰も見ていなくてもルール(や要請)を守る」日本人だ。

確かに私も、早朝などに車や人がまったく通っていない交差点で、赤信号でストップし、青信号を待っているとき、少し思うことがある。(イヤ、これは余計だった)

しかし、それで「民度が高い」と威張っていていいのだろうか。

 

「いじめ」が起こる教室には、「被害者」と「加害者」と「傍観者」がいる。傍観者が多数だ。

傍観者はいじめに無関係だろうか。そうではない。

前述した「周囲を気にして、言動を控えること」は、こんなところから始まっているのだ。

 

周囲の空気を気にして、(心の中に思った)自分の行動を抑えてしまうこと、多数意見に合わせてしまうこと、言いたいことを言わないこと、これが良いことと思う人はいないだろう。

でも、世の中には多い。子どもの世界でも、大人の世界でも。

 

よく似た言葉がある。「忖度」だ。

「空気を読み、あらかじめ上の意向を察して自分の行動を決定すること」と佐藤氏は定義している。

 

ウイルス禍で、とにかく窮屈な毎日だ。

こんなときこそ、私たちの不可思議な習性を顧みようではないか。

「言いたいことを言う」ことに勇気が必要な社会は、変えたほうがいい。

国が言っている「グローバル」な人間になるということは、そういうことだろうから。

 

今、大降りになった。やっぱり台風が心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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