これからの対話力、折り合い力は・・・

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日本標準

12月17日の日曜日。 今朝も青空が気持ちいい。

昨晩は寝汗をかいてしまったので、シーツを洗って干した。布団も干した。

最近購入したダイソンの掃除機で、家の中もきれいにした。(今や掃除機はコードレスで軽量化の時代だ。)

そしてジャズを聴きながら、このブログを書き始めている。そう、いつものお気に入りのスタイル。

 

12月8日号の「内外教育」に、「協働と同調」という記事があった。

その内容の紹介を兼ねて、思ったことを書きたい。

 

日本の小中学校の子どもの学力が高いのは、話し合い学習の成果と言われている。

しかしそれは、価値観や文化的背景を同じくする「同質的他者」との話し合いなのではないか。そこでは価値観やモラルの共有が可能だ。学習の目標も一致する(道徳など)。

では果たして、「異質的他者」との対話ではどうだろうか。

歴史、文化、宗教などの背景が異なる人々で構成する、現代のグローバル社会では、「異質的他者」と対話し、協働しなければならない。

「正義」の基準も同一ではないだろう。

理解し合えない者同士が、ぎりぎりのところで決定的対立を避けて、折り合いをつけながら生きる社会、それがグローバル社会、つまり現代ではないか。

 

そう考えると、「自主的・対話的で深い学び」(新学習指導要領の重要な柱の一つ)は、どうなるのだろう。

「みんな仲よく、一丸となって同じ目標に向かって進む力」というものを身につけるということだけでは、これからの社会の「生きる力」を身につけた、ということにはならないのではないか? それは同質的他者との対話だから。

 

(様々な背景の違いで)意見が違う相手と対話し、あらゆる要素を乗り越えて、何とか折り合いをつける・・・それがグローバル社会である。

 

教育に携わる者として、とても大きい指摘と受け止めたい。

 

 

 

 

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