ウィーン・飛ぶ教室///第2回:コロナと社会

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日本標準

今回は誰でも無料でできるPCR検査とロックダウンのお話です。

 

無料vs.3万円?!

時間が前後しますが、私たちがウィーンに到着してしばらくは、近くの劇場が場所を提供していた抗原検査を利用しました。オーストリアの国民健康保険証を持っていれば無料ですが、持っていないものは19ユーロでした。

6歳以上の子どもも、大人と同様にレストランや美術館あるいは博物館で「陰性証明」または「治癒証明」または「接種証明」の提示を求められるルール(いわゆる3Gルール)があったからです。

そして街中を歩いているときによく見かけたのが路上に置かれたコンテナなどの臨時のテスト会場でした。先述の通り、ウィーン市民は無料ですが、旅行者も気軽に立ち寄ることができます。

私が観察した限りではありますが、最も高いもので、オペラ座前の検査場が抗原検査39ユーロ、PCR検査89ユーロでした。私はそれでも安いと思いました。

というのも、オーストリア入国の際にうちの子どもはPCR検査結果が必要であったのですが、成田空港で、それがなんと3万円だったからです。当然、検査結果が出るまでの待ち時間や検査の方法、質なども全く同じです。

わたしたちの生活が少し落ち着いてきて、余裕が出てくると、知人に教えてもらっただれでも無料でできるPCR検査を受けるようになりました。

「Alles gurgelt!」(みんなうがいする)というサイトに名前や電話番号、メールアドレスを登録すると、無料のPCR検査キットを、1週間につき1人3-4個の検査キットをドラッグストアで受け取ることができます。

そのキットには、生理食塩水の入ったチューブとそれを口内でぶくぶくした後に入れる小さな容器が入っています。

カメラ付きのPCやスマホの前で、1分間口内でぶくぶくしている様子を動画にとり、その動画を指定のサイトに送ります。そして、検体入りのチューブを箱に戻して、近くのスーパーの提出場所に入れに行けば、24時間以内に結果がメールで送られてきます。

朝8時までに出せば、夜の9時くらいまでに来るのが通常です。これらはキット代、検査代を含めてすべて無料です。

少し恨みがましい繰り返しになりますが、日本ではこれが3万円でした。

 

左から時計回りに、PCR検査キットの箱、うがい用の生理食塩水、(検体をチューブに入れるための)紙製ストロー、(万が一、液体が漏れた場合の)吸水シート、検体を入れるチューブ。

 

箱だけに入りきらないので、横に白い袋もついている。日曜日はスーパーも閉まっているが、大きな駅やガソリンスタンドにあるスーパーはいつも開いているので、どうしても月曜日に検査結果が必要な場合は、そこまで出しに行かなければならない。

この仕組みはウィーンにおいてもっともよく機能していると言われています。ほかの州ではここまで簡単にはいかないそうです。ロックダウンに入る前の時期、ザルツブルク州では検査数が極端に増えて、サイトがダウンしたこともありました。

またお隣のドイツでは、オーストリアのような無料のPCR検査の仕組みはありません。抗原検査キットがドラッグストアで2ユーロほどで購入できるそうです。学校では抗原検査を行っています。

当然のことながら、オーストリアのこうしたシステムには、多額の税金が投入されています。報道では、学校で実施されている検査を除いても、およそ16億ユーロ(約2050億円)の予算が投入されたとありました。

対して、ワクチン接種は4億6000万(約580億円)ユーロで、検査システムと比較すれば低コストだということでした。(ORFニュース番組ZIB1, 2021)。

またネーハマー首相率いる政府が、コロナ感染対策をより一層を強化するプロジェクト(GECKO)を開始してからは、学校の検査の仕組みも「Alles gurgelt!」に一本化され、抗原検査も含め、週に1000万ユーロ(13億円弱)が投入されているということでした。

こうしたことから、いつまで、だれに対して、PCR検査を無料で提供すべきか、すべきでないかということがずっと議論されてもいます。

日本において、このようなシステムが導入されればどうだっただろうかと考えています。

もちろん、人口規模からいって、全国にこの仕組みを導入することは難しいだろうと思います。

しかし、少なくともワクチン接種ができない子どもたちを受け入れる小学校など学校において導入されたならば、そこで学び働く子どもたちと教職員にとっては学校がとても安全で安心できる場所になったのではないでしょうか。

未就学児童の子どもたちにはこのPCRテストは少し困難です。しかし現在では5歳児であれば検査可能になりました。

こちらでは学校の教員、保育士、幼稚園教諭、学童指導員などはワクチン接種済みであっても、週に数回のPCR検査を行って子どもたちに接しています。

未接種の教員たちは、常に有効な「陰性証明」を携帯しなければなりません。

こうしたこちらの検査制度に慣れた今では、日本において、コロナに感染しているかもしれない、していないかもしれない、そしてある程度の自覚症状が出るまでそれを知りようもない集団の中に子どもを送っていたことをとても怖く感じています。

 

ロックダウンの経験

とはいえ、2021年11月末ごろの状況を思い出してみると、日本ではコロナはいったんの終息状態にあり、オーストリアは第4波によって全国的なロックダウンを余儀なくされていました。

ロックダウンは、2021年11月22日より12月12日まででした。ロックダウンに踏み切ったのは、ワクチン接種率が低いことなどがその理由に挙げられました。

2021年10月末時点での2回接種済みの割合は、オーストリアで約63パーセントでした。

日本は、ヨーロッパに比べて接種開始が遅れたにもかかわらず、同じ時期に約72パーセントであったことからも、オーストリアの接種率が低いことがわかるでしょう(https://ourworldindata.org/covid-vaccinations)。

先述の通り、確かに、オーストリアはヨーロッパ一の検査王国ですが、それがワクチン接種には結びつかず、感染防止対策として有効であるかどうかは議論の余地があります。

オーストリアのシャーレンベルク首相(当時)は、オーストリアのワクチン接種率の低い原因を、自然医療(Naturmedizin)の伝統とワクチン接種反対を党の方針として掲げる政党(FPÖ、オーストリア自由党。急進的な右派政党)の影響と指摘しました。

話は少しそれますが、ドイツ語圏(ドイツ、スイス、オーストリア)におけるワクチン接種率の低さを、はるかロマン主義思想までさかのぼって関連付ける研究があります。

その研究では、ドイツ語圏で支持されている自然医療はロマン主義にその起源をもち、このロマン主義と今日の予防接種懐疑論との間には明らかな思想的つながりがあると指摘しています。

そして、ロマン主義的な自然医療は、ワクチン接種の文脈で歴史的に「反ユダヤ主義的ステレオタイプ」に結び付いてきたというのです。実際に、ナチスの思想では、「良い自然」と「ユダヤ化された悪い近代医学」という対立を形成していました(https://www.falter.at/maily/20211216/von-der-romantik-bis-zum-todimpfstoff)。

 

さて、2021年11月21日(月曜日)から、オーストリアはロックダウンに入りました。

日用品を扱う店(スーパー、ドラッグストア、薬局)や公共交通機関を除き、飲食店(テイクアウトやデリバリーは可能)、ホテル、美術館、博物館、劇場、そしてこの時期の風物詩であるクリスマスマーケットに至るまで完全に閉店しました。

ただし、クリック&コレクトといって、オンラインや電話で商品を注文し、受け取りに行くことはできました。また、会社はリモートワークを推奨し、散歩に出かけることなどは許されました。

多少の議論はあったものの、学校や幼稚園、学童保育所は開けることになりました。

学校や幼稚園が開いてさえいれば、子育て中のわたしたちにとっては、それほど生活に変化はありません。

週末は、あまり混んでいない時間帯の公園を選んで、遊ばせることもできました。(一度目のロックダウンは、公園も封鎖されて、子どものいる家庭は大変だったと聞きました。)

この国ではすでに4度目のロックダウンということもあって、人々はこうした環境に慣れているようでもありました。

ただ、ロックダウンも最後のほうになると、コピー用紙やプリンターのインクが切れたり、鉛筆や消しゴムがなくなってしまったのに、文房具店が閉まっている、購入したい本があるのに書店は閉まっているという状況に多少なりとも不便を感じたのでした。

こうしたロックダウンはいきなり開始されたわけではありませんでした。ロックダウンに入るおよそ一か月前の11月8日からは、2Gルールが適用されました。

これは、ワクチン接種者(geimpfte)もしくはコロナ感染後治癒した者(genesene)のみが、旅行や飲食店で飲食をすることができるというルールです。これは、未接種者にとっては事実上のロックダウンを意味しており、これ以降、未接種者に対する規制が厳しくなっていきます。しかし、この2Gルールでもってしても、感染者数が低下しなかったために、政府は接種済みを含むすべてのものに対してのロックダウンを決定したのでした。

ベルヴェデーレ宮殿前のクリスマスマーケットで、屋台が完全に閉まっている様子

ヨーロッパの中でこの時期にロックダウンを行ったのは、オーストリアだけでした(12月半ば現在)。しかし、その後オランダはクリスマスを挟んでのロックダウンが実施されました。

ドイツでもクリスマス後のロックダウンが検討されていましたが、ロックダウンを実施することはなく、2Gルールで何とか乗り切りました。

フランスも同様に感染者数が一日に30万人を超えてもロックダウンをすることはありませんでした。

 

12月13日からウィーンではホテルやレストランを除く商店が再開しました。

飲食店やホテルは12月20日まで休業を継続しました(州ごとに再開の日程は異なりました)。

しかし、依然として2Gルールは適用され、未接種者にとっては非常に厳しい措置が取られる状況はしばらく続きました。

 

これは、2G+ルールの看板。2G+とは、治癒証明か2回接種証明に加え、PCR検査の陰性証明も必要。マスクはFFP2を常に装着すること。最大に厳しいルールが敷かれていた時期は、1G+ルール。つまり、三回目のブースター接種証明に加え、PCR検査の陰性証明も必要だった。

 

冬休みには、小学生たちに3個の抗原検査キットと1つのPCR検査キットが配布されました。休み期間中にも各自で検査をして、年明けの学校再開に備えるようにということです。幼稚園の5歳児にも、休み明けにPCR検査の結果を持参することが推奨されました。

これらは義務ではありません。

オミクロン株の爆発的な感染拡大によって、オーストリアを含むヨーロッパの状況はまた二転三転することになります。

1度は終息したかに見えた日本もまた感染者数が急増していったことは皆さんもご記憶でしょう。

コロナをめぐるこうした生活についてはまたお話をしたいと思います。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

追記:2022年4月以降は、1人、1か月につきPCR検査5回、抗原検査5回までの回数制限が設けられました。そのため、新規感染者数も減少しました。

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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