ウィーン・飛ぶ教室///第13回:世界で最も住みたい街・ウィーンの魅力―子育ての視点から―

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日本標準

ご存じの通り、ウィーンは音楽、芸術の都です。毎日のように、街のいたるところでコンサートやオペラ、演劇を楽しむことができます。また、だれもが世界史の教科書で見たことがある絵画や彫刻が見られる美術館や博物館は、とても1日で見て回ることができないほどです。

またウィーンはもう1つ別の顔を持っています。2022年6月に発表された「世界で最も住みやすい都市ランキング」でウィーンは世界一になりました。コロナ前にも10年連続1位でしたので、ウィーンは安定して住みやすい街だということができるでしょう。

そこで今回は、世界一住みやすい街ウィーンの文化、芸術そして子どもという視点から興味深いものを探してみたいと思います。

 

子どもだましではない子どもコンサート

昔に比べるとずいぶん値上がりしましたが、今でも5000円程度出せば、そこそこの席でウィーンフィルハーモニー管弦楽団のコンサートを楽しむことができます。ウィーンフィルの弦楽器の音色、ベルリンフィルの迫力。ウィーン交響楽団で聴くめずらしい楽曲。ムーティ、ティーレマン、ウェルザー・メストの指揮は本当に素晴らしかった……。

ロシアのウクライナ侵攻を機にプーチン大統領との親密な関係が問題視され、ミュンヘン交響楽団を解雇される直前のゲルギエフの指揮によるウィーンフィルも聴きました。ウィーンのオーケストラ有志によるウクライナ支援コンサートにも行きました。

夏の始まり、夏の終わり、年越し、真冬の舞踏会、終戦記念日などなど、こうした季節ごと、あるいは重要な記念日には必ず音楽がともにあるのがウィーンという街です。

思い出話はこのくらいにしておきましょう。こうしたウィーンの芸術に子どもはどうやってかかわることができるのでしょうか。例えば、ウィーン交響楽団などでは、子どもチケットは大人の半額で購入することができます。

子ども向けのコンサートも年間を通してよく開かれています。そうした子ども向けコンサートのいくつかに参加しましたが、とても充実したプログラムが展開されています。例えば、次のような感じです。

幼児向けのコンサートでは、音楽劇を基本にしながら、楽器のチューニングの音である「A」を取り上げ、こうした基になる音があって、音階やハーモニーがあるということを繰り返し伝えるものでした。

また、現代においてもっとも有名なジャズミュージシャンであるウィントン・マルサリスがオーストリアにツアーでやってきたとき、9歳以上の子どもを対象にした「ジャズとは何か」というプログラムがありました。

わたしはまずこのプログラムのタイトルに驚きました。9歳の子どもに対して、「ジャズとは何か」って、難しすぎるんじゃないだろうか?

コンサートは、タイトル通り、ジャズを構成する重要な特徴、例えば、ジャズ特有のリズム、スウィング、ブルース、即興といった概念を説明しながら、子どもたちにリズムを取らせたり、いくつかの楽器の短い演奏を聞かせたりするのです。ジャズの4つの特徴をくりかえし説明して、「ジャズとは何か」を手拍子や足拍子、楽器の演奏などで理解したうえで、最後に演奏がなされました。

モーツァルトの魔笛を扱ったプログラムも同様でした。このプログラムでは、モーツァルトが生きた時代を徹底的に解説し、体験させます。

例えば、馬車に乗って移動していた時代の音楽であることを解説し、フロアーにいる子どもたちを前方から馬、馭者、乗客の役として馬車に乗っているモーツァルトを経験させます。

馬はパカパカ走るし、昔の道は石畳だから、馬車に乗っているモーツァルトは乗り心地が悪いときがあっただろうといった具合です。

次に、そうして貴族のお屋敷についたモーツアルトが、現在のようにコンサートホールで演奏するのではなく、貴族の前で演奏していたことを解説し、最後はその当時のようにモーツァルトの音楽を聴きながらペアになって踊っておしまいです。

こうしたプログラムは、わたしの「子ども向け」というイメージを全く新しくするものでした。なぜならこれらは全く子ども向けっぽくないプログラムだったからです。

幼児でも、基になる音をくり返し聞かせ、音階やハーモニーを経験させて理解できる。小学生にもなればジャズの4つの特徴を理解することができる。モーツァルトの生きた時代を理解することで、子どもでもその音楽を歴史的に解釈することができるのです。

ウィーンには、子どもを芸術ができる主体とみなし、知識と経験を通して「ほんもの」を伝えていくという意識が共通にあるのだと思いました。

 

子ども無料の美術館・博物館

こうしたことは音楽に限ったことではありません。ウィーンにある近代美術館MUMOKの子ども向けワークショップに学級の遠足(わたしは付き添い)で参加した時のことです。

このときは、赤・黄・青の三原色について、学芸員が繰り返し説明をします。三原色のうち2色を混ぜるとオレンジ、緑、紫ができて虹色になるということを聞くと、子どもたちはがぜん興味を持ちます。

子どもたちが三原色と、そのうち2色を混ぜた色を理解したことを何度も確認したうえで、最後に子どもたちは三原色のうち2つの色が置かれたテーブルで濃淡を楽しみながら絵を描きました。

ここでも、美術における三原色という重要な概念を学ぶことが強調されていました。

近代美術館MUMOK

 

ところで、この美術館だけでなく、多くの美術館はこうしたワークショップができる空間とスタッフを準備しています。土日などにはほぼ毎週のように無料の子ども向けワークショップが開かれており、とても人気があります。

主要な美術館(ウィーン美術史美術館、アルベルティーナ美術館、ヴェルヴェデーレ美術館など)や博物館(ウィーン自然史博物館、技術博物館など)の入場は子どもは無料です。また、ファミリー年間パスも比較的安価で購入することができます。

例えば、自然史博物館や世界博物館など6つの博物館に入ることができる年間パスは、大人2人と19歳以下の子ども(何人でも)の家族であれば、79ユーロです。大人の一回券が18ユーロ。大人の年間パスが49ユーロであることを考えても、家族の年間パスが優遇されていることがわかるでしょう。

また、ウィーンでは日曜・祝日の公共交通機関は子どもは無料ですので、この日に美術館や博物館を見学すればさらに安く楽しむことができます。

ちなみにロンドンはその点もっと充実しています。国の財産を収集した美術館や博物館は国民のものであるという考えから、大英博物館をはじめとする多くの博物館、美術館の入場料が無料です。

  

夏休みどうする問題

学校の長期休暇に子どもをどうするかという問題にはいつも悩まされています。一緒にどこかに行こうと思っても、どこも混んでるし、高いし……。

先ほどからお金の話ばかりしていますが、いかにお金をかけずに、子どもも大人も楽しむことができるかというのは、子育て世代の大命題だと思うのです。

ウィーンでは長期休暇(冬休み、イースター休暇、夏休み)の前になると子どもが小さな冊子を学校からもらって帰ってきます。そこには、休暇中に子どもが無料、もしくは非常に安価で参加できるプログラムがたくさん掲載されています。

2022年夏休みバージョンは、「冒険・体験」、「発見・探究」、「遊び・創作」、「ミュージアム・シアター」、「スポーツ・活動」という項目に分かれて、7月8月のべ200以上のプログラムが紹介されています。

無料、有料、予約なし、予約あり、いろいろなパターンがあります。

 

そのうちの1つに行ってみることにしました。「スポーツ・活動」の項目にあった「自転車トレーニング」というプログラムです。

場所は、ドナウ川沿いで、地下鉄駅を降りてすぐのところにある、自転車公園です。写真にあるように、さまざまな自転車のコースがあり、そこを自由に自転車に乗って走ることができます。このコースの向こう側には、大人向けのコースもあり、自転車も借りることができます。

自転車専用公園。さまざまなコースが用意されている。

 

また、自分に合ったサイズの自転車とヘルメットを無料で借りることができます。自転車はオーストリアのメーカーの、購入すれば350ユーロ以上するものです。

希望があれば、自転車の講習を受けることもできます。そこで子どもたちはまずトレーナーから正しいヘルメットの付け方を教えてもらいました。まだ自転車に乗れない下の子は、足でキックしながら自転車に乗り、左右の体重バランスをとることをくり返し習いました。

貸し出された自転車とヘルメット

 

ここで面白いのは、日本であれば、周りの人の安全も考慮して乗るようにと言われるところですが、そういった注意事項は一切言われなかったことです…。

事実、上の子は前を走る子どもとの車間距離がうまく取れず、転倒したりしましたが、それも込みでヘルメットを着用して、転倒してもひどいけがをしにくい地面になっているのです。

自転車のコースは、坂道や斜面ありで、子ども用といっても、これまた子どもだましではなく、けっこうレベルが高いものだと思います。上の子どもは、ほぼ1年ぶりに乗る自転車を大いに楽しんでいました。

わたしたちは1年間の短い滞在なので、自転車を持っていません。子ども用自転車といっても高額ですし、アパートには駐輪場もありません。子どもたちが自転車を持っている友達をうらやましそうに見ていたのをかわいそうに感じていましたので、このプログラムを見つけたとき「これだ!」と思ったのです。

子どもがヘルメットを正しく着用し、自転車をさまざまなコースで安全に楽しく乗りこなすことができる。ウィーン市はこうしたことを子どもたちに必要なことだと考えている。自転車専用公園と自転車の無料貸し出しのプログラムを体験してみて、わたしはそのように思いました。

 

ほかにも、例えば、7月8月の夏休み期間中、ウィーン市が運営するプールでは、14歳以下の子どもの入場料は無料です。子どもたちが夏にプールで楽しむことが、子どもの権利として保障されているのです。

200以上ものプログラムがあれば、保護者が旅行に連れていけない事情があっても退屈することはありません。ウィーンではほかにも夏休みには週50ユーロ(昼食・おやつ込み)でさまざまな学童クラブが提供されています。

あるいは、旅行に行きたくても経済的に行けない家庭への補助もあります。8月の終わりには、いくつかの学校でのドイツ語と算数の補習が無料で提供されています。

日本でも最近は無料の学習支援塾などが見られるようになっています。学習は子どもの権利だからです。しかし、子どもは学習だけしておけばよいわけではありません。

芸術やスポーツを通して休暇を楽しんで過ごすことが、健全な子どもを育成することであり、それは行政が支えるべき重要な事項であるという認識は、日本においてはまだまだ低いように思います。

子育て世帯の納税者として、こうしたウィーンの子ども向けの政策を見てみると、納税の意義を感じることができるのではないかと思いました。自分たちの子どもに対して未来への投資をしてくれているという納得感です。

もちろんウィーンの政策が万能なわけではありません。夏休みの充実したプログラムが行政によっていくら用意されていても、保護者が子どもをそこに連れて行かなければ意味がないからです。そして保護者はそうしたプログラムの情報をドイツ語や英語でアクセスする必要があります。

つまり、保護者にそうしたプログラムに参加させたいという意欲がなければなりません。失業や厳しい労働条件のもとで働く保護者すべてがこうした情報にアクセスすることは実際には難しいのではないかとも思うのです。

しかしそうしたジレンマはありつつも、やはり、子育てを芸術やスポーツなどの文化の面からも支えていくというウィーン市の政策は、人々の暮らしやすさの大きな要因になっていると思います。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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