「災後」を考える

作成者:
日本標準

1月21日の日曜日。薄曇りの寒い朝だ。

昨日は、福島県郡山市までの日帰りだった。

今年の、数少ない新年度会議出席が福島県会議。

付き合いの長い販売店さんも多く、みんなの顔を見たくて出かけたのだ。

 

私は1947年生まれで、日本国憲法が施行された年に生まれた。

つまり憲法と同い年だ。憲法と共に戦後70年を生きてきた。

「基本的人権」「国民主権」「平和主義」を学び、体感してきた人生と言えなくもない。

なのに実感が弱い。

・・・私が学ぶ力が弱いためだろうが、これらの総称「民主主義」は、私にとって「自然に舞い降りてきた」ようなものなのだ。

言いかえれば、自分で考え、勝ち取ってきた民主主義とは言えない。

アメリカから、脱脂粉乳と共に支給されたものだったような気がしているくらいだ。

その意味で、「戦後」をきちんと始末できていないような気がしている。

そう言われると自分も・・・と思う人もおられるのではなかろうか。

 

昨日福島の会議で、私は冒頭「災後」とホワイトボードに書いた。

大震災と原発事故から7年、あの悲しみと苦しみは、何も癒えていない。

そして解決していない。       

しかし、全国的に語られることは少なくなってきている。

 

いつまたどこで大地震が来るか予測できない、ことはみんな知っている。

でも、その対策ができているとは到底考えられない。

福島原発の廃炉の見通しは、まだほとんど手つかず状態。

住民は、もう戻れない、戻らない人も多い。

そんななか、あちこちで原発再開中だ。

そしてイギリスに原発を輸出するらしい。民間大企業がやるのだが、政府が強力な後押しをしている。

 

「戦後」の総括があいまいであったと同じように、「災後」の総括もあいまいなままのような気がしているのだが、どうだろう?

 

次期学習指導要領で「思考力」「判断力」「表現力」重視の方針だ。

これらの学力を伸ばす、格好の「考えるべき題材」ではないだろうか。

 

 

 

コメント

コメントがありません

人気特集ランキング