ウィーン・飛ぶ教室///第14回:外国人児童のためのドイツ語教育

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日本標準

ドイツ語教育の今・昔

およそ20年前に、ウィーン大学に留学していたときのことです。参与観察していたウィーン郊外の小学校では、ドイツ語ができない数名の子どもたちが、教室の片隅で、少し優しい教材をティームティーチングの1人の先生と取り組んでいました。

移民の背景を持つ子どもや学習が困難な子どもがいました。ダウン症の子どもも一人いました。ドイツ語の授業のときには、彼らもドイツ語を。算数のときには少し簡単な算数をやっていました。統合教育を行っている学級(Integration Klasse)だったからかもしれませんが、非常に印象的だったことを記憶しています。

現在のオーストリアでは、4年前に改正された法律で、学習についていくために必要なドイツ語能力がなければ、自分のクラスとは別のドイツ語教室(Deutschekurse/Deutscheklasse)でドイツ語を集中的に学ばなければなりません。初等教育では、1日3時間(週15時間)と決められています。ですから、当然、2年生の私の子どももこのドイツ語学級で最初にドイツ語を学ぶことになったのでした。

こうした対応は、2015年の欧州難民危機の際に、シリアやアフガニスタンから多くの子どもたちを受け入れた学校現場での混乱が背景にあります。

 

ドイツ語教師 アンドレアの場合

私たちが住んでいるのは8区で、 “Bürgerlichestadt”(ブルジョワの街)と呼ばれる、いわゆる高級住宅地にあたります。私が現在所属しているウィーン大学に近いこと、またかつて留学していたときにもこの8区にある学生寮で暮らしていて土地勘があることから今回の住居を決めたのですが、確かに、家賃がとても高くて閉口しています。

そうした地区にある学校なので、ドイツ語を母語としない移民がたくさんいるわけではなく、ドイツ語教室も少人数です。それぞれ6人程度の初級クラスと上級クラスの2つを、1人のドイツ語教師、アンドレアが指導しています。

ドイツ語が十分でない子どもに対するドイツ語クラスの仕組みはかなり複雑です。ドイツ語が不十分だと認定された子どもは、最長2年間、週15時間、ドイツ語クラスでドイツ語を学ばなければなりません。

このドイツ語教室を卒業するためには、MIKA-Dと呼ばれる認定試験を受けなければなりません。これに合格すれば、全授業を普通学級で受けることができます。

この間、彼・彼女らはいわゆる聴講生として扱われ、通常の算数や体育といった諸教科は評価されません。私の子どもも最初の学期は正式な通知表には全教科「評価せず」と書かれ、担任の先生の手書きの、メッセージ付きの通知表をもらってきました。とても良いことが書かれており、親子で大変喜びました。

子どもの通知表。各教科の評点の欄に「評価しない」(nicht beurteilt)とある。

 

しかし、一方で、うちの子は確かにドイツ語が十分ではないが、ほかの教科、例えば算数や体育などはそこそこできるのに、評価してもらえないというショックを、わたしは感じていたのでした。それは、子どもは言葉がわからないなりに毎日喜んで学校に通っていて、学級の友達も先生たちもうちの子を受け入れてくれているのに、行政的に排除されているという感覚でした。

どの行政機関に聞いてもわからなかった、コロナ禍においては市民の印ともいえるあのグリーンパス(デジタルワクチンパスポート)がもらえなかったときの「移民」感覚に共通するものでした(第1回参照)。

こうした感覚は何も私だけのものではありません。ドイツ語教室で学ぶ子どもたちが、所属する学級から排除された気持ちを持つことは強く批判されています。またドイツ語教室ばかりにいることで、算数など他の教科に遅れが出る点も指摘されています。

 

ドイツ語クラスの子どもたちが少ないために、アンドレアは、校長や担任教員との密な連携のもとに、柔軟にこのドイツ語クラスを運営しています。今の状態はベストに近いとアンドレアは言います。ほかの地区のドイツ語教員はもっと厳しい状況に置かれているといいます。

アンドレア:

毎日3時間、子どもたちはドイツ語だけを学ぶことは非常に難しいです。しかもドイツ語クラスには、異なる学年の、また異なる学習速度、異なる家庭環境の子どもたちがいます。彼らを同じように教えることは不可能なのです。政府はそういった実態を全く理解していません。

ですから、わたしは校長や同僚と相談して、ドイツ語クラスの子どもたちの時間割を組んでいます。子どもたちはお互いに学びあいます。クラスメイトとかかわることによってこそドイツ語を学ぶのです。ドイツ語を学ぶための文脈がそこにはあるからです。鬼ごっこに入れてほしい、友達とサッカーをしたい、友達とゲームがしたい。そういう生活上の文脈において子どもたちはドイツ語を学ぶのです。

例えば、ある地区では、一つのドイツ語クラスに、トルコ人の子どもたちばかりが来ます。休み時間に彼らは互いにトルコ語を話しています。そうした子どもたちだけを取り出し、ドイツ語を教えることは矛盾しています。彼らがドイツ語を学習する文脈がそのクラスにはないからです。そうした彼ら、時には25人の子どもたちに対して、週15時間(中等教育学校では20時間)ドイツ語だけを教えることは不可能なのです。

 

アンドレアはドイツ語教室必修の法改正反対デモに、当時、多くの同僚たちと参加したそうです。しかし、彼女は完全な統合教育にも反対しています。ある程度、集中的に別の静かな教室でドイツ語を学習することは必要だといいます。しかし、状況やリソース、子どもの状況など、そうした個々の違いに合わせて、教員同士で協力して仕事をしているというのです。

アンドレア:

改革前には、わたしは言語支援教員(Sprachfoerderlehrerin)と呼ばれていましたが、今はドイツ語教室教員(Deutscheklasselehrerin)です。私の仕事が矮小化されたように感じています。

子どもたちがドイツ語を読み、書き、話すようになって、自信を持ち、楽しんでもとの学級に入っていくようになることが私の喜びです。そのためには、一人ひとりの子どもの違いに目を向け、少人数で指導していくことが必須です。

 

ウクライナの子どもたちのためのドイツ語教室

オーストリアのドイツ語教育の別の側面を見てみましょう。2022年4月8日の朝のラジオ番組で取り上げられた特集を以下に要約してみます(Ö1, Morningjournal, 07:07~)。

2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まり、もう2か月以上たっています。オーストリアにはこれまでにウクライナから5000人の子どもたちが避難し、その内2000人がウィーンにやってきました(2022年4月現在)。

8区のプファイルガッセ小学校(Volksschule Pfeilgasse)には、6歳から10歳の23人のウクライナからやってきた子どもたちのための特別クラスが開設されました。

ここでは、オーストリア人教師が説明したことを、ウクライナ教師が通訳する、というように共同で指導する体制を取っています。こうした指導体制は、すでに30年前のユーゴスラヴィア紛争のときに導入されていました。ただし、今回は、オーストリア人教師の追加配備なしで、プファイルガッセ小学校にいるスタッフのなかで回しているのが現状です。

子どもたちもいろいろ考えていることがあるのではないかと考えた教師は、図工の時間に、「旅先にて(Auf der Reise)」というテーマを与え、ウクライナから来た時のことでも、週末にウィーンを散歩したことでも何でもいいからといって書かせてみました。すると、ある子どもは「ウクライナへ帰る旅」というテーマの絵を描いたのでした。

 

こうした教室は、ウィーンのいくつかの場所で開設され、退職した教員などが協力しているということです。ウクライナの子どもたちが、あるいはまた海外からやってきた子どもたちが、ウィーンで生活をしていくときに、その生活の一部を、アンドレアのようなドイツ語教師や学校の教師たちが支えていることは、日本ではあまり報道されていないのではないでしょうか。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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