おちこぼれなんかいない。大人が見過ごしているだけだ。

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日本標準

教師のチカラNo.44(2021年冬号)巻頭インタビュー

おちこぼれなんかいない。大人が見過ごしているだけだ。

李 炯植 / NPO法人Learning for All代表理事

李炯植さんは貧困世帯の子どもたちが学校で勉強についていけなくなったり、がんばっても将来の夢を諦めたりせざるを得なくなることに憤りを感じていました。そして、この課題に取り組むことが NPO法人 Learning for All (以下、LFA)の原点に。日本の子どもは7人に1人が貧困状態にあり、さらに虐待、いじめ、不登校、外国籍、発達障害などによるさまざまな生きづらさを抱えています。

現在、LFA代表理事を務める李さんはそれらの本質的な課題解決には「子どもの貧困や社会的排除を生み出す社会構造の変革」が必要であり、そのためには同時に「社会全体で問題に取り組む動きをつくること」が必要だと話します。「一人の子どもの声で社会の仕組みを変えることができる」――これがLFAがめざす未来像です。

 

子どもたちの人生が変わる教育を

 兵庫県尼崎市で生まれ育ちました。小学校の学級の半分はひとり親家庭で、生活保護を受けている世帯も少なくない地域でした。公立中学への進学が当然と思っていましたが、小学校6年生の10月、担任の先生に呼び出され、「あなたは東大に進学するIQがある。勉強して私立に行きなさい」と、強引に家庭教師をつけて勉強させられました。先生が親を説得し、学費が安く偏差値のあまり高くない私立の中高一貫校にぎりぎりで入学しました。

 高校1年のとき、小学校6年の同窓会があり、中学受験を勧めてくれた先生に再会しました。「勉強してないのなら勉強させてくれる環境に連れていく」と、今度は有名な進学塾に入塾させられました。塾の厳しい指導と、ここでがんばらなければ、一生何もうまくいかなくなってしまうという切迫感で勉強しました。その結果、東京大学へ現役で合格しました。

 大学に入学すると、周りの同級生たちの社会階層の高さに驚かされました。自分の小学校のときの同級生たちは、高校を中退して大工になっていたり、妊娠していたり、なかには少年鑑別所に入った人もいたりして、専門学校や大学に進学したのは3人だけでした。東大生に私の身近にあった貧困や地元の同級生の話をしても「本人の努力が足りなかったからだ」と受け止める人が大半で、「家庭環境のせいで学びの機会が失われている」という私が感じた不公平感を誰にも理解してもらえず、周囲への憤りや焦燥感を感じました。子どもの頃から日本社会の貧困や格差を見てきた経験から、「なぜ格差が生じるのか」を学びたくなり、大学2年の終わり頃、教育哲学を勉強し始めましたが、「なぜ貧困はだめなのか」を研究しているだけでよいのだろうかという疑問がありました。

 2010年、大学3年の終わり頃、先輩から学習支援のボランティアに誘われたことをきっかけに、現・認定NPO法人 Teach For Japan が一事業として始めた学習支援活動に参加することになりました。葛飾区の生活保護世帯の中学3年生3名を高校受験の約3週間前から担当、必死に指導しましたが、小学校で習う分数が理解できていない学力で、結果は全員志望校に不合格、定時制高校へ進学しました。

 しかし、このときに一生懸命にがんばる子どもたちの姿に突き動かされた経験から、自分のやるべきことが明確になりました。これまでの学習支援方法ではだめだとわかったので、教室運営の仕組み、学力を測る試験や分析方法、学生ボランティアの採用と研修方法などを抜本的に見直しました。「子どもたちの人生が変わる教室をつくる」という理想を掲げ、それに共感してくれるボランティア仲間たちと共に、できることすべてを改善しました。1年後には子どもたちの偏差値が上がり、志望校に合格する子どもの数が増加する実績を挙げました。

 2014年、 Teach For Japan から学習支援事業が独立、NPO法人Learning for ALL (以下、LFA)が設立され、23歳で大学院研究科に入学した年に同法人の代表理事就任の申し出があり、受けることにしました。大学院にはほとんど行けなくなり、2019年、7年を要して論文を提出、ようやく修士号を取得しました。

 

子どもを誰一人見捨てない社会を

 日本では7人に1人の子どもが貧困状態にあり、ひとり親家庭の子どもは2人に1人が貧困です。貧困世帯の子どもは低学年では学力差がなくても学年が上がると学力に大幅な遅れが出はじめ、これを放置すると、その子どもが成長したときに再び貧困に陥る可能性が高くなることがわかっています。

 LFAが支援するのはこうした経済的困窮だけでなく、虐待、いじめ、不登校、外国籍、発達障害などによるさまざまな困難を抱えた子どもたちです。「子どもの貧困に本質的な解決を。」を使命として、目の前の子どもの課題に真剣に向き合うと同時に、問題が発生した根源を探り、子どもの貧困や社会的排除を生み出す社会構造の変革に取り組むことで課題解決をめざしています。現在、LFAが支援している子どもの数は関東圏で延べ1000人以上、事業開始から通算で延べ8000人以上になります。また、全国の8自治体・15団体と連携して私たちのノウハウを提供し、さらに多くの子どもたちを間接的にサポートしています。

 主な活動の「学習支援事業」では、小学校4年生から高校3年生の勉強につまずいた子どもたちに無償で質の高い学習機会を提供しています。学校内で放課後、先生方と協力して子どもたちを下支えする活動と、公民館などで地域の学び場となる「寺子屋」という活動に分かれています。2016年からは小学校1年生から3年生を対象に、安心して育つ環境を提供する「居場所支援事業」を開始しました。

 同時に私たちは活動に参加する大学生ボランティアの育成と輩出にも努めています。これまでにLFAのプログラムに参加した大学生は延べ2000人に上ります。彼らは1人の困難を抱えた子どもに向き合った経験を通して、卒業後も当事者としての意識をもち続けながら、多くの分野で活躍しています。なかには社会問題解決のために行動する「社会起業家」として働いている人もいます。

 LFAの活動は、こうした卒業生や活動に関わった人たちの紹介や縁によって、さまざまな企業や団体、個人の方からの支援や協力をいただき継続しています。

 

子どもを支える連携活動のプラットフォームをつくる

 2018年以降、LFAでは学校や行政、地域の支援団体などと連携して、「包括的支援モデル」を確立、各地域で展開し、将来的には国の制度としての導入をめざしています。具体的には学習支援と居場所支援を組み合わせて、6歳から18歳の子どもに、早期から切れ目なくその子に合った支援を提供する「地域づくり」と言えます。

 すでに東京都葛飾区、板橋区、埼玉県戸田市、茨城県つくば市の4つの地区で包括的支援モデルづくりに取り組んでおり、多くの成果を得ました。これによって学校で放置されていたり、行政の支援から漏れていたりしていた子どもたちを早期から支援につなげることが可能になりました。

 学校や行政、地域の立場の違う大人たちの連携には難しい点が2つあります。ひとつは個人情報の共有に関する法的な対策を講じること、もうひとつは大人たちがどういう思想や背景で、どのようなことを共通の目的としていくのかを共有していくことです。今の日本社会は生まれ育ってきた年代や環境で子どもに関する価値観が分断されています。それぞれの意見を尊重し、その背景にある経験や価値観をすり合わせながら、同じ方向を向いていける方法を探ることになり、この大変さが「地域づくり」の本質です。子どもたちの権利を守りながら、地域の大人たちの違いを埋められるように丁寧に協働を進めていくしかありません。

 全国各地には子どもを支える連携活動の優れた実践が多数ありますが、それらが継続しないのは、活動が個人の能力や関係性に依拠しているからです。連携活動を「仕組み化」しなければ再現性が高まらず、継続できません。それには実践を可視化、共有化し、蓄積していくことです。そのために検索、活用できるウェブ上のプラットフォーム構築に取り組んでいます。地域に有用な実践を互いに活用できれば、より優れた支援が可能で、交流や学び合いができるようになります。

 そして、子どもの貧困問題を本質的に解決するには現場の実践の蓄積だけではなく、社会の仕組み自体を変えていくアプローチが必要です。社会の仕組みを変えるには、全国でどんな課題と実践があって、子どもはどのような状態なのか、どんな政策をとるべきなのかを知ることが必要であり、LFAのプラットフォームから全国の団体がつながって連携し、知識や経験などから共通の財産をつくり、それをもとにどんな政策がいいのかをみんなで考えながら、社会全体で取り組む動きをつくっていきます。これによって「全国各地の一人の子どもの声が社会の仕組みを変えることができる」ようになります。それがLFAがめざす次のステップです。

 

コロナ禍の課題と対応

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、世界的に学力格差が広がったというデータがあります。日本でも6月以降、全国の学校で低学力や複雑な環境にある子どもたちの学力格差拡大が指摘されました。LFAは支援世帯の需要を知るため、子どもと保護者にアンケートを2回実施。家庭の収入減少やそれに伴って子どもたちが希望する進路を諦めなければならないような状況が予想され、「子どもの状況改善のため、当事者の声を聴きながら家庭全体を支援する」という指針に基づき、対策を講じました。

 3月の休校が決定して、まず行ったのは子どもたちの家庭と学校を結ぶオンライン教育のインフラ整備でした。Wi―Fiとタブレット端末50台余を提供し、Wi―Fi接続、タブレット設定、会議ツールZoomの立ち上げなどを実施。その後、LFAでもオンライン学習支援を開始。10月以降は併用で対面学習支援も再開しました。

 収入が減少した世帯で物資提供の需要が高かったので、約150世帯に月1回食料品や生活用品などの「物資配送支援」を開始。今後も倒産件数が増加、保護者の経済困窮が進むことが予想されるため、この活動を継続します。

 また、コロナ禍による虐待の案件が6月頃から増加、これは東日本大震災発生後、時間差で親のストレスが子どもへの虐待に向けられた状況と類似しています。子どもの学びには家庭への生活保障が基盤となり、生活支援によって虐待もある程度予防できます。2021年以降も保護者への相談支援を強化し、子どもから家庭の困難な状況がうかがえるときは、早期に対応する体制をとっていきます。

 

先生は子どもの未来を変えることができる

 教育現場で働く先生たちが多忙すぎて離職率が高いと聞いています。学校だけで何でもやろうとせず、地域の支援団体などと連携して役割分担するよう提案したいです。学校には1学級約35人の子どもがいますが、以前にも増して子どもたちの課題は多様で、発達障害や外国籍の子どもへの適切な指導、貧困家庭への福祉的な支援など専門性に特化した支援が必要です。今後は地域が学校の運営に関われるような柔軟性を備えていただければと考えています。また、学校に疎外感を感じているような子どもがいたら、地域で学校とは少し違った居場所を見つけることができるかもしれないと、声をかけてあげてください。

 前述したように、私には自分の未来を強引に変えてくれた1人の恩師がいます。小学校6年で家庭教師をつけてくれ、高校1年で進学塾に勝手に申し込んでくれた担任の先生です。この先生がいなければ現在の私はいません。先生には子どもの生き方を変える力があります。身近に勉強についていけなかったり、元気のない子どもはいませんか。それは本人や家庭の責任でしょうか。そうではなく、私たち大人の責任だと思います。最初からの落ちこぼれなどいません。大人が見過ごしているだけなのです。

  

井出上獏

李 炯植(リ・ヒョンシギ)

1990年兵庫県生まれ。2019年東京大学大学院教育哲学研究科修了。2014年にNPO法人Learning for Allを設立、同法人代表理事に就任。これまでにのべ8000人以上の困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所支援を行っている。「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」理事。2018年「ForbesJAPAN 30 under 30」に選出。


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