ウィーン・飛ぶ教室///第17回:ウィーンのお受験事情

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日本標準

ウィーンの小学校は4年制であることは以前お話ししました。子どもたちは、10歳段階で、次の学校、すなわち、大学進学系のギムナジウムか、職業教育系のミッテルシューレを選択しなければなりません。近年では、大学進学資格が得られるギムナジウムに行かせたいと思う保護者が大半を占めるといいます。

10歳段階で進路を決めるなんて大変だなあと思われたかもしれませんが、いえいえ、勝負はもっと前から、つまり小学校入学段階から実は始まっているのです。そこで、今回はウィーンのお受験事情をのぞいてみたいと思います。お受験といっても、日本のようなイメージではないのですが、しかし、まったく違うとも言い切れません。

私立小学校の流行

これはあまり知られていないことですが、ウィーンでは、5人に1人が私立学校に通っているという統計があります。ドイツでも、10人に1人が私立学校に通っており(都市部を含んだ平均)、ドイツ語圏では、昔に比べると私立学校に通っている子どもが増加している傾向があります。

私立小学校は、カトリック系が多いですが、音楽教育に特化した小学校(ウィーン少年合唱団を抱えている。男女共学)や、EU機関職員の子どもたちが多く通うインターナショナルスクールもあります。学費はまちまちですが、決して、日本の私立学校のほうが高いというわけではないことがわかりました。

よいギムナジウムに入るためには、全教科で1(5段階評価で、1が最高)を取らなければならないため、保護者は、教育に力を入れている私立小学校に入れようというわけです。例えば、毎週の小テストでよい点を取ることを1年生の時から保護者に指導する私立小学校もあると聞きました。

日本のように偏差値で学校のランキングが決まっているわけではありませんが、よいギムナジウムとそうでないギムナジウムは明らかに存在します。

では、こうした私立小学校に行くにはどうすればいいのでしょうか? お受験とタイトルしたように、日本では、有名私立幼稚園や小学校に入るのに、入学試験が課されます。そのための準備はとても大変だという認識も一般的です。

それに対して、こちらではそういった入学試験はありません。多くの場合、保護者が子どもとともに学校長や教員と面談して決まります。もちろんそうしたときに、保護者の職業や国籍、あるいは振る舞いなどが見られているでしょう。また、卒業生であれば入学に有利に働くようなこともあるでしょう。人気のあるカトリック系の幼稚園では、子どもが生まれた次の日に、3年後の入園を予約しに行くことがあるほどです(こうしたことはウィーンに限ったことではなく、イギリスなどでも見られる現象です)。

日本の仕組みから考えると、こうした入学の仕方は不公平にうつります。ただし、実際、日本の私立幼稚園や小学校受験などのように試験を課したとしても、ウィーンのように保護者の面接だけだったとしても、おそらく入学を許可される子どもたちはそう変わらないのではないか、あるいは入学を許可された子どもたちのその後の成績もそう大きな差はないのではないか、という仮説をわたしは持っています。

ウィーンの公立小学校の入口

学校選びは保護者の最大の関心事!

私立小学校に行く一部の家庭だけでなく、公立の小学校選びもウィーンの保護者達の大きな関心事です(第5回「ベンヤミン・ママの1日」参照)。こちらでは、基本的には、居住地から通える範囲の学校のいくつかから、保護者が選択できる仕組みです。

英語に力を入れているような小学校や、午後の学童クラブもついている終日学校、モンテッソーリ教育やフレネ教育を導入している学級(1つの学校の中に、こうしたオルタナティブ教育による指導をする学級があることがある)は特に人気があります。こうした学校は、ギムナジウムへの進学率も非常に高いです。

人気のある公立小学校では、定員を超える入学希望者が来ると、任意で就学前診断を実施することができます。この就学前診断では、主に授業言語のドイツ語が十分であるかが診断されますが、こうした人気の小学校では、当然、(ドイツ語、そのほかに)問題のない児童を受け入れる傾向がみられることになります。

そうしたよい学校に入れるために、居住地から離れた区の学校に入れる、いわゆる越境入学という方法もあります。子どもの住所だけを、行かせたい学校がある区の親せきや知り合いなどの家に移すのです。

  

学校の仕事とは何か――高まる塾の需要――

さて、無事にギムナジウムに入学できたからといって安心はできません。ギムナジウムでは宿題がたくさん出ますし、定期試験もあります。勉強についていけなければ落第することもあります。ギムナジウムで2回落第すると、原則的には、別の学校(職業系の学校など)に移らなければなりません。

ですから、保護者も必死です。母親が子どもの勉強を見るために自分の仕事をセーブするということも聞きます。

最近では、塾(Nachhilfe)や家庭教師の需要が急増していることも度々ニュースで報道されています。昔からオーストリアでも苦手な教科を家庭教師に見てもらうということはありましたが、最近はオンラインでそうしたサービスをいくらでも探すことができます。

例えば、1時間あたり15ユーロほどで、1回2時間から3時間、週に2回とすれば、かなりの費用になります。所得の低い家庭には大変大きな負担です。事実、塾に行く必要があったけれども、経済的な理由から断念したという家庭は20%あったという統計もあります。

少し話がそれますが、私がウィーンで髪を切ってもらっていた美容師さんは、シングルマザーで2人の息子を育てました。「長男のために塾にいったいどれだけ払ったことか…。でも、結局ギムナジウム、やめちゃったんだけどさ…」とため息交じりに言っていました。

「でもね、今はすごい素敵な彼女ができてさ、わたしは安心してるわけよ。次男は今年マトゥーラ取れたから、わたしは子育て終了! もう男はたくさん! 家に帰ったら、わたし1人! すっごい自由!(笑)」彼女は私の子育てのよきアドバイザーでした。次男はこれから兵役義務(第16回参照)に従事し、その後ウィーン工科大学に行くだろうということでした。

最近、大学進学者が急増したことで、ウィーンにある大学の人気の学部や学科、あるいはウィーン医科大学などは、独自の入学試験を実施しています。そのためのオンライン塾もとても人気があるようです(ウィーン大学の入試については、伊藤実歩子編著『変動する大学入試』大修館書店、2020年を参照してください)。

ただし、こうした状況には批判もあります。3割弱の子どもたちが塾に行かなければ学校の勉強についていけない状況、あるいは、よりよいギムナジウムに行くために塾に行かなければならない状況に対して、「学校の仕事は、進級とそのための十分な支援である」という認識に基づいて「政治は教育を簡単に家庭に押し付けてはならない」と批判するのです(注1)。子どもの宿題を、フルタイムの仕事をしながら見ているのは多くが母親で、時間的な負担を感じている母親は80%にのぼります。

小学校のことに話を戻すと、塾を利用する子どもが、2017年には6%だったのに対して、2022年には16%と急増しているそうです。ちなみに、十分な学習支援がある学校では、塾が必要な子どもは10%、午前中に授業があり、午後に学童(宿題をやったり、自由に遊んだりする)がセットになっている終日学校であれば、9%と明らかな差があります(Die Presse, 2022年6月9日オンライン記事)。

だからこそ、先の話に戻るのですが、小学校選びが過熱化するということになるわけです。

こうしたウィーンのお受験事情は、こちらへ来てから、ママ友と話す中で初めてわかりました。そして日本の都市部とほぼ変わらないことに、最初は驚いたものの、そりゃそうだよなと納得もしたのです。

いわゆる先進国の大都市部では、公教育に対する期待が高度化複雑化し、それに伴って大学進学率が高い傾向があるということは共通しているからです。

しかし、最後に1点だけオーストリアと日本の塾の違いを指摘しておきましょう。日本では、小学校の教育課程では決して学習しないようなトリッキーな問題で入学試験を行う中学受験があり、そのために進学塾が存在しているという点です。基本的に、小学校(あるいは幼稚園)受験も大学受験も同様の構造を持っています(もちろん、そうした学校ばかりではなく、またいわゆる補習塾もあることは承知しています)。

一方、オーストリアでは、基本にあるのは学校で学習する内容で、それを補うための塾であり、学校での成績が次の学校への入学の基準になるということです。

「学校の仕事とは何か?」日本でも、オーストリアでも、再考すべき大きなテーマだと思います。

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

注1:こうした批判が、労働者会議(Arbeiterkammer、AK)という団体から出されていることはオーストリア的な特徴だと言えます。労働者会議は、全ての労働者が所属する、労働者のための団体で、労働者にかかわるすべてのことを統括する、労働組合とは別の大きなオーストリアの組織です。労働者の権利がさまざまな公的団体で保障され、かつ研究されているのです。

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