ウィーン・飛ぶ教室///第23回:さよなら、ウィーン。またね。

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日本標準

7月初旬に上の子の学校は終わりました。
今度はちゃんとした成績表をもらって、本人もとてもうれしそうでした。夏休みは、2週間のサマーキャンプに行ったり、あとは学童保育に行ったりして過ごしました。

下の子は8月の終わりぎりぎりまで幼稚園に通い、卒園のセレモニーにも出ました。
最後の日は、仲良しの双子の女の子とジェラートを食べてさよならしました。週末は、ドナウ川に行って泳いだり、ブダペストの温泉プールに行ったりして過ごしました。

私たち大人は、不要になった衣類や靴を、回収ボックス(第7回参照)に持っていったり、食器や小物を知り合いのトルコ人留学生(第16回に登場)に譲ったりして、少しずつ荷物を整理し始めました。お世話になった人々ともお別れのあいさつを済ませました。

ロシアとウクライナの戦争は収まる気配もなく、徐々に物価高が問題視されてきました。この夏はヨーロッパ中で深刻な水不足も問題になりました。

日本への帰国便は、乗り換えも含めると、20時間くらいかかる南回りのものしかありませんでした。ウィーンを朝3時に出発しなければならず、長すぎるフライトで下の子は機内で具合が悪くなりました。

いろいろありましたが、何とか無事に日本に帰国しました。子どもたちはまた元気に日本の学校と保育園に通い始めました。生活を立て直すのに苦労したのは、主に大人のほうでした。

  

プラごみ・手間・環境・ジェンダー

日本に帰ってきて、オーストリアと日本の違いについて改めて考えてみることが増えました。

まず、問題だと思ったのは、プラスティックごみの多さです。

湿度の多い日本の気候の問題もありますが、それにしても、個包装などプラスティックごみの多さは気になるところです。
納豆の辛子とタレが入ったプラスティック袋は必要でしょうか? かつてヨーグルトに付属していた砂糖がなくなったように、なくせるものがあるのではないでしょうか。

次に、何事につけてもついてまわる手順の多さです。

例えば、コロナワクチンの大規模接種会場で、オーストリアであれば接種まで3工程ぐらいのところが、私が受けた日本の接種会場は倍の6工程ありました。医師の数は、オーストリアでは1人であったところが、日本では2人でした。

また、やはり子どもの給食袋には複数のアイテムが必要ですし、毎日の健康観察表(体温、咳の有無など)や宿題確認表を書くという手間もあります。

続けて気になったのは、気候変動に関するニュースが少ないということと、テレビや新聞などで見かける女性の役職者、代表者、研究者などの少なさです。

逆に言うと、オーストリアのニュースで専門家としてインタビューに答える人たち、例えば、政治家、研究者、企業・団体を代表する人々に女性が多いということです。
また、討論番組を見ていても、男女比が半々であることです。日本の討論番組のように、男性だけ、女性はいても1人もしくは少数ということは決してありません。

日本において、こうしたニュースの少なさや、討論番組の男女不均衡問題などは、作り手側の問題が大きいとは思いますが、しかし、それは同時に視聴者、つまり私たちのこうしたことに対する問題意識の少なさも意味しています。

ジェンダーギャップ指数(GGI)ランキング2022で、オーストリアは21位。
EUで見ると、オーストリアは下から5番目で、高いわけではありません。なかでも、企業などにおける役員クラスの女性の割合は、EUの中で最下位だといいます。
参照:https://europeanwomenonboards.eu/wp-content/uploads/2022/01/Austria-Country-report-2021-GDI.pdf

実際に、オーストリアにおいて、役職についている女性あるいはフルタイムで働く女性が一般的かと言われれば、そうでもないと思います。育休を取るのはやはり女性が多いですし、時短で働いているのもやはり女性が多いような実感があります。

誤解を恐れずに言えば、オーストリアは、そこそこの男女平等、という感じ。こうしたそこそこの平等感覚は、市民レベルで言えば、日本の私たち(とりわけ若い世代)とそう違わないようにも思うのです。

しかし、日本のGGIランキングは116位! いったい何が違うのでしょうか? 

統計で見れば、例えば、女性議員比率が挙げられるでしょう。
日本が14.3%であるのに対し、オーストリアは41.4%です。国会に議席がある政党5つの中で、女性党首は2人います(オーストリア社会民主党(SPÖ)のレンディ・ワーグナーと新オーストリア党(NEOS)のベアーテ・マインル-ライジンガー)。

政治の世界だけでなく、日常の世界も変わっていく必要があります。当然、両者は相互関係にあります。

例えば、さまざまな場面で、私たち女性が主体となる機会を意識的にたくさん作り出す必要があると思います。女性の代表者に意識的にインタビューする、討論番組の男女比率を同じにするといったことは、メディアにはすぐにでも可能でしょう。

人権の問題も同様です。

第8回で見たように、書店の子ども用図書のディスプレイを変えてみることも可能です。
例えば、日本で販売されているLGBTQや多様性、戦争と平和といった社会的な問題を取り扱う絵本は、海外のものを翻訳したものが多く、日本のものは非常に少ない印象です。

つまり、ジェンダー、人権、環境という視点が日本の社会に、とりわけ政治に不足していると思います。

  

学校教育と大統領のスピーチ

批判的なことを書きましたが、もちろんそんなことばかりではありません。

小売店や飲食店での優しく丁寧な接客、時間に正確な公共交通機関、新宿・池袋のような大きな駅でさえごみも異臭もない駅構内や駅前は本当にすばらしい。新宿駅で落としものの財布を駅員さんに届ける高校生を見かけました。

機能的で丈夫で安価な文具や小型家電。正確に届く郵便物。紙トレイしか使用しない商店街の精肉店も、高齢者にサービスで商品を配達する青果店や米屋も健在です。

またとりわけ学校や保育園で先生や保育士が一人ひとりの子どもをよく観察し、それぞれに対応する力量の高さを見て、日本の公教育レベルの高さを痛感しています。

例えば、子どもたちが読み書き算の基礎・基本を習得していく指導過程もきめ細やかで、かつ徹底されています。保育園でも、子どもの園での様子を知らせる連絡帳の記載も毎日必ず異なることが書かれています。

日本の子どもたちの基礎学力の高さは、教員の力量の高さの表れです。

ウィーンに行ってからこうしたことを改めて日本の強みとして認識するようになりました。
しかし、同時に、こうした教師や保育士の仕事に対して、それに見合った給与が支払われているのか、また適正な労働時間の中で行われている仕事なのか、ということを考えています。

先に挙げた健康観察表や宿題確認表のチェックがなくなれば、教師は遅れている子どもの学習を30分見てやれるのではないでしょうか。30分早く帰宅し、家族と過ごす時間ができるのではないでしょうか。
そうした教師の名もなき仕事はほかにもたくさんあるように思います。

保育園の連絡帳への記載も、毎日必要でしょうか。保育士がどうしても保護者に伝えたいと思うとき、例えば、驚いたこと、うれしかったこと、不思議に思ったときに書くのでは足りないでしょうか。
毎日全員分をまんべんなく書くことに労力を割くのではなく、気になる子どもの様子をじっくり見ることに時間を使う。そうすることで、子どもの小さなつぶやきや変化に気が付き、次の日の保育の新たな構想が生まれるのだと思います。

同時に、保護者の側も多くを求めないということが重要です。

子どもが元気に1日過ごすことができ、よく学習できたのであれば、それで満足をする。
教育や保育はサービスではありませんが、わかりやすく言えば、サービスを無限に拡大しない、させないことが重要です。そうした学校と家庭の相互理解のもとに、学校教育や保育は健全に成立するのだと思います。

このように考えるようになったのは、オーストリアの終戦記念日のコンサートでの、オーストリア大統領ファン・デア・ベレン(Alexander Van der Bellen)のスピーチがきっかけです。

終戦記念日の祭典“Fest der Freude”(喜びの祭典)で演説するファン・デア・ベレン
                           2022年5月8日、ウィーン、ヘルデンプラッツにて、筆者撮影

先の第二次世界大戦でのナチスドイツによるオーストリア併合とオーストリアの加害責任にも触れた後、ウクライナから避難してきた子どもたちとそれを受け入れている学校の先生の話題に移りました。概要はこうです。

「この2年間、コロナ禍で学校の先生たちは大変な苦労をしました。多くの仕事が本来の仕事に追加されました。それがまだ終わらないうちに、今また、新たにウクライナからの子どもたちを迎えて、学校の先生たちはより一層仕事に励まなければならない。私はそうした先生たちの努力に心から感謝します。そしてウクライナから来た子どもたちがまた故郷に帰る日が来るまで、オーストリアで安心して過ごせるようにと願っています。」

平易かつ率直な言葉で学校の先生たちに感謝の念を述べる大統領の姿に感動しました。

このスピーチの内容は、ウクライナから避難してきた子どもたちが集まる学校への彼の視察をもとにしています。ときおり、手元の原稿から目を離して、自身の言葉で話していました。

政治家のスピーチで心をゆさぶられたのは生まれて初めてのことでした。

   

今回で、「ウィーン・飛ぶ教室」の連載を終了します。
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

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